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松江地方裁判所 昭和63年(行ウ)2号 判決 1992年10月14日

島根県出雲市白枝町南芦田八五八番地四

原告

杉谷功一

右訴訟代理人弁護士

高野孝治

大賀良一

岡崎由美子

出雲市今市町四〇〇番地三

被告

出雲税務署長 前田繼男

右指定代理人

富岡淳

増本正博

岡田克彦

水津憲治

中野裕道

松井重利

大橋勝美

矢野聡彦

西村章

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告が昭和六二年一月三一日付けでした原告の昭和五八年分所得税の更正処分のうち、総所得額金二八五万四九〇五円を越える部分及びこれに伴う過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。

二  被告が昭和六二年一月三一日付けでした原告の昭和五九年分所得税の更正処分のうち、総所得額金四六三万一八七八円を越える部分及びこれに伴う過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。

三  被告が昭和六二年一月三一日付けでした原告の昭和六〇年分所得税の更正処分のうち、総所得額金五三九万九六一五円を越える部分及びこれに伴う過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。

第二事案の概要

本件は、被告が原告の昭和五八年分ないし同六〇年分(以下「本件各係争年分」という)の所得税の申告に対し、推計の方法により更正等を行なって課税したことにつき、原告が、被告の税務調査手続の違法及び推計課税の必要性・合理性を争い、総所得額の実額の立証が可能であるとして、右課税処分の取り消しを求めるものである。

一  争いのない事実

1  原告は、ビニールパイプ、継手パイプ類その他水道器材の販売業を営むものである。

2(一)  原告が本件各係争年分の所得税につき、総所得額及び所得税額を別表一ないし三の「確定申告」欄記載のとおり確定申告(白色申告)したところ、被告は同表「更正」欄記載のとおり更正及び過少申告加算税賦課決定の各処分を行なった。

(二)  原告は、被告に対し、昭和六二年三月二八日、右各処分につき異議申立てを行なったところ、被告は、同年六月二九日、異議申立てをいずれも棄却する旨の決定をした。

(三)  原告は、国税不服審判所長に対し、同年七月二八日審査請求を行なったが、国税不服審判所長は、同六三年六月三〇日、審査請求をいずれも棄却する旨の裁決をした。

3  被告は、本件各処分に先立ち、原告の所得税に関して所得税法二三四条に基づく質問検査権を行使して調査(以下「本件調査」という。)を行なったが、右調査につき原告の協力を得られなかったことを理由として、被告が反面調査により把握した原告の仕入取引額等を基礎資料として、原告の総所得金額を推計の方法によって算出し、本件各処分を行なった。

なお、原告は、開業以来一度も税務調査を受けたことがなく、また、昭和五九年度に不動産を取得していた。

二  争点

1  税務調査の適法性

(一) 質問検査の必要性の存否

(1) 被告の主張

被告は、原告が開業以来税務調査を受けたことがなく、かつ、原告が昭和五九年中に不動産を取得した事情が存したことから、確定申告額の当否を確認するため、原告に対する質問検査を行なったものである。

(2) 原告の主張

質問検査権の行使は、所得税法二三四条の「調査に関し必要があるとき」、すなわち、第一に申告がない場合、第二に申告があっても適正でない合理的な疑いがある場合にのみ許されるが、本件調査には、調査の理由、客観的必要性が明らかではない。

(二) 事前通知及び調査理由の告知の有無

(1) 被告の主張

被告係官は、いずれも原告と事前の連絡をとった上で、昭和六〇年一〇月二五日と同年一一月一九日の両日、税務調査のため原告方に赴いたが、帳簿書類の提出拒否などの原告の不協力のため調査ができなかった。また、被告係官は、右以外にも昭和六〇年一〇月一日から同六二年一月二三日までの間、何度も原告方に趣き、あるいは電話をかけるなどしたが、原告の不在もしくは帳簿書類の提出拒否などの不協力のため、結局、原告に対する調査を断念せざるを得なくなったのである。

被告係官は、昭和六〇年一〇月二五日、原告方に臨場した際、原告に対し、調査理由は確定申告額の当否の確認であると告げている。

税務職員には質問検査に当たり納税者に調査理由の告知や調査日時等を事前告知する義務はなく、これらは質問検査を行なう際の要件とはされていない。

(2) 原告の主張

被告係官は、原告が税務調査の理由について再三説明を求めたにもかかわらず、調査理由を十分に説明せず(被告主張程度の説明では税務調査の理由としては不十分である)、一方、被告の質問検査は、昭和六〇年一一月二二日以降、とりわけ同六一年六月以降は、原告に対し何らの事前通知もなく行なわれたものであるから、適正手続の保障の趣旨から違法である。

(三) 反面調査の適否

(1) 被告の主張

所得税法二三四条一項三号の反面調査は、客観的に必要性がある場合に、権限ある税務職員の合理的判断により行ない得るものであり、納税者の了解は必要でなく、実施時期の制限などもない。そして、本件においては、調査の目的、調査事項、前記(二)(1)の帳簿等の提出状況等諸般の事情からその必要性が認められるのであって、被告の行なった反面調査に違法はない。

(2) 原告の主張

反面調査は、その方法によらなければ納税者の課税標準を把握できない場合に限り許され、その場合も本人にあらかじめ告知し、弁明の機会を与えなければならない。しかし、被告は、原告の調査がほとんど行なわれていない昭和六一年一一月一九日までに、原告に何ら告知せず、その意思に明らかに反して反面調査を行なった。

(四) 税務調査の違法性と課税処分の効力

原告は、税務調査手続に違法があれば、それに基づく課税処分も違法となる旨主張し、被告はこれを争う。

2  推計課税の必要性

(一) 被告の主張

推計課税の方法は、納税者が税務調査に対して資料の提出を拒むなど適法な調査をなし得ない場合には、権限ある税務職員の合理的判断によりこれを行ない得るものであるところ、被告係官は、前記のとおり原告の所得金額の実態把握に努めたが、原告の不協力によりこれを果たせなかったのであり、推計課税の方法による必要があった。

(二) 原告の主張

(1) 被告の本件調査には、前記のとおり違法があり、他方、原告の対応は納税者として当然の権利の行使にすぎない(原告は、昭和六〇年一〇月二五日、被告係官斎藤秀春(以下「斎藤」という。)に対し、昭和五九年度分損益計算書、月別総売上集計表、仕入先毎の月別仕入明細帳を提示し、その余の売上帳類は斎藤が調査理由を具体的に明らかにすれば提示すると述べた。)のであって、原告の対応をもって非協力と断じ、推計課税を行なうことは自主申告制度の本旨に反する。

(2) 原告は、所得を算出するに足る程度の帳簿類は有していたのであり、これらを基礎に反面調査その他の方法により実額の把握は可能であったから、帳簿類が不備で実額調査が不能な場合には該当しない。

3  推計方法の合理性

(一) 被告の主張

推計の方法は以下のとおりである。

売上原価の額(被告は、本件各係争年分の年初及び年末の各棚卸額を把握できなかったので、年末及び年初の各棚卸額を同額とみなし、取引先調査等で把握した原告の本件各係争年分の仕入額の実額をもって売上原価額と認定した。)を類似同業者(別表四ないし六記載のAないしH)の売上原価率(売上額に対する売上原価額の割合)の平均値で除して売上額を算定し、右売上額に右類似同業者の算出所得率(売上額に対する算出所得額の割合)の平均値を乗じて算出所得額(売上額から売上原価額、一般経費額を控除した金額)を求め、さらに右算出所得額から特別経費の額(給料賃金、支払利子・割引料、地代家賃、建物減価償却費、車両除却損、事業専従者控除の各金額の合計)を控除して、事業所得額を推計した。その算出経過は別表七のとおりである。

(二) 原告の主張

被告の行なった推計方法は、以下の理由で合理性を欠く。

(1) 原告は島根県出雲市の市街地から離れた場所に倉庫、事務所を有する零細な上下水道管等販売業者であり、その売上の大半は建設業者や水道工事事業者などの固定的な顧客に対する卸売販売であって、その割引率や売上原価率も一般小売に比して高い。

(2) 被告による類似同業者の抽出は、右のような原告の業態に関する個別事情を配慮していないばかりか、抽出された業者のほとんどが広島・岡山といった山陽側の大都市で営業する事業者であり、山陽と山陰、大都市と農村部との間に生じる業態や利益率の差異も無視されている。

(3) 推計課税の方法が自主申告制度の例外であり、かつ被告の推計課税の方法が前記3(一)のいわゆる同業者比率法で、その同業者の選択は被告が一方的に行ない、その住所氏名も明らかにされない秘密主義的な通達回答方式であって、比準同業者の類似性について反証すらできない方法であるから、この方法は実額把握が全く不可能で他に方法がないなど特殊な場合以外は許されない。

(4) 原告の本件各係争年分の特別経費は、以下のとおりである。

<1> 給料賃金、支払利息、車両除却費は別表八各該当欄のとおり。

<2> 建物減価償却費は、昭和五八年分は金一〇万四七四六円、同五九年分は金一八万二八四六円、同六〇年分は四一万七一三六円である(別表八中、減価償却費欄に、その他の物品の減価償却費とともに一括記載)。

<3> 駐車場賃借料等は、昭和五八年分は金一二万円、昭和五九年分金一三万円である(別表八中、賃借料欄に、その他の賃借料とともに一括記載)。

4  信義則違反

(一) 原告の主張

被告は、昭和六〇年一〇月から同六一年二月までの間、原告の昭和五七年ないし同五九年分の所得税確定申告について調査し、昭和六一年二月九日、原告に対し、昭和五九年までの申告は正しかったと告げ、税務調査を終える旨伝えておきながら、同年六月合理的な理由も告げずに調査を再会したのであるから、右調査とこれに基づく更正処分は信義則に反し違法である。

(二) 被告の主張

被告係官がそのような発言をした事実はない。

5  原告の実額の主張

原告は、本件各係争年分の売上金額、売上原価及びその他の必要経費の実額は、別表八記載のとおりであり、原告の所得額は、右別表の当期利益金額から、事業専従者控除額(昭和五八年分については金四〇万円、同五九、六〇年分については金四五万円)を控除した左記の額であると主張し、被告はこれを争う。

(一) 昭和五八年分 金二八五万四九〇五円

(二) 昭和五九年分 金四六三万一八七八円

(三) 昭和六〇年分 金五三九万九六一五円

第三争点に対する判断

一  争点1(税務調査の適法性)について

1  争点1(一)(質問検査の必要性)について

所得税法二三四条一項が質問検査権に関して定める「調査について必要のあるとき」とは、当該調査の目的、調査すべき事項、申請、申告の体裁内容、帳簿等の記入保存状況、相手方の事業の形態等諸般の具体的事情に鑑み、客観的な必要性があると判断される場合を意味するものであるが、確定申告後に行なわれる所得税又は法人税に関する調査については、適正・公平な課税の実現という質問検査権の目的に照らし、過少申告の疑いが存在する場合のみでなく、申告の真実性、正確性を確かめるために、質問検査などの調査を行ない得ると解すべきである。

そして、被告は、原告が開業以来税務調査を受けていないこと、昭和五九年中に不動産を取得したことなどの事情から、確定申告の内容、正確性を確認する必要を認め、本件調査を行なったことが認められるから(証人斎藤秀春)、本件調査が必要性を欠くものとはいえない。

2  争点1(二)(事前通知及び調査理由告知の有無)について

税務職員が行なう質問検査の範囲、程度、時期、場所などの実定法に規定のない細目的事項は、質問検査の必要性が肯定され、かつ、それと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な判断に委ねられていると解すべきである。そして、質問検査を実施するに当たって、実施の日時の事前通知、調査の理由や必要性を個別的・具体的に告知することが法律上の一律の要件とされているものではないと解されるから、実施日時の事前告知や調査の理由・必要性の具体的告知をするかどうかは、税務職員の合理的な裁量に委ねられていると解すべきである。

これを、本件についてみるに、調査日時の事前通知や調査理由の告知の状況は後記3(一)ないし(六)に認定したとおりであり、右認定事実によれば、被告係官の行なった通知や告知は社会的相当性の範囲内にあると認められる。特に、被告係官斎藤は、本件調査が主になされた昭和六〇年一〇月二五日及び同年一一月一九日の両日に原告方に臨場するに際しては、事前の打ち合わせにより日時を定め、原告もこれに対する準備をしていたことが認められるし(証人斎藤秀春、同錦織不二夫、同杉谷節子(第一回)、原告本人)、他の期日にも被告係官が調査日時の事前通知をしないまま、原告側の事情、都合を無視して税務調査を強行し、そのために原告が相当な範囲を越えて私的利益を侵害されたような事情は本件証拠上認められない。

よって、被告の調査に違法な点があったとは認められない。

3  争点1(三)(反面調査の適否)について

証拠(甲三、乙三、四、六ないし八、一一、一四、一八、二二、二三、二七、同三〇の一、同三一、三二、三四、三六、三八、証人斎藤秀春、同錦織不二夫、同杉谷節子(第一回)、原告本人、弁論の全趣旨。但し、証人錦織の証言中、後記認定事実に反する部分を除く。)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 斎藤は、昭和六〇年一〇月一日、昭和五七年度分から同五九年度分の所得税の調査のため、原告方に赴いたが、原告が不在であったため、原告の妻杉谷節子(以下「節子」という。)に対し、税務調査のため訪問したことを告げ、明日電話連絡して欲しい旨を原告に伝言することを頼んで帰署した。

(二) その後何回かの電話でのやりとりの後、斎藤は、節子から調査の日を同月二五日として欲しい旨の電話を受けたので、同日原告方を訪問し、出雲民主商工会の職員数名が同席する中で、原告と面会した。斎藤は、原告らの調査理由に関する質問に対し、原告が昭和五九年に不動産を取得したこと、開業以来一度も税務調査の対象となっていないこと、所得税の申告の正確性を確かめる必要があることなどを調査理由として述べたが、原告らは、これらが調査理由として十分ではないと主張し、斎藤の説明に納得しなかった。また、その席において、斎藤は、原告に対し、とりあえず昭和五九年度分の売上左記や仕入先に関する取引高などの記載された帳簿及びその基礎となる請求書、領収書、伝票類などの原始記録を見せてくれるよう頼んだが、原告は、同年度分の仕入先別集計表、売上集計表、損益計算書と題する書面の内容を斎藤に書き写させたものの、その他の帳簿類や伝票類は、斎藤の調査理由についての説明を不満として、これを斎藤に見せなかった。

(三) 斎藤は、電話によって事前に日取りの打ち合わせをした上で、同年一一月一九日、原告方を訪れ、前記調査にかかる各年度の所得の調査に必要な帳簿類や伝票類を見せてくれるよう頼んだが、原告や、同席した出雲民主商工会の職員らが、やはり調査理由の説明を不満として、これらを提示しなかった。

(四) その後も、斎藤は、昭和六一年四月三〇日までの間に何度も原告方を訪れ、原告もしくは節子に面会して、帳簿類や伝票類を提示して税務調査に協力してくれるよう頼んだが、原告は、斎藤の調査理由の説明に不満があること、原告に無断でその仕入先に対する反面調査を行なったこと、あるいは斎藤がいったん節子に対し調査が済んだと言ったことなどを主張して、これに応じなかった。

なお、原告は、昭和六一年四月三〇日、原告方を訪れた際、昭和六〇年分の所得についても調査対象に加える旨述べている。

(五) 被告は、税務調査に対する原告の協力が得られなかったため、調査に対する協力の依頼と並行して原告の取引先などに対する反面調査に着手し、本件各係争年分につき、原告の仕入額の実額を把握し、同業者比率法による推計を行なって、原告の総所得額を算出した。

(六) 斎藤は、昭和六二年一月一六日及び同月二三日に原告方を訪れ、原告と面会し、被告の行なった調査を基礎として推計によって算出した原告の総所得額と原告の行なった申告におけるそれとが異なるため、被告の算出した額に従って修正申告するか、所得額把握に必要な帳簿類や伝票類を提示するよう原告に促したが、原告は、結局いずれにも応じなかった。

ところで、反面調査は、質問検査権行使の一態様として、質問検査権行使の客観的要件が存在し、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限のある税務職員の合理的な選択によって行ない得るものであり、特に納税義務者に告知してその承諾を得る必要があるとか、反面調査の方法によらなければ調査の目的を達することができない場合にのみ許されると解する理由はない。

そこで、前記認定の事実に基づき、右の点について判断するに、斎藤は、多数回にわたり原告方に臨場し、原告の所得額を正確に把握するに足りる帳簿類、伝票類の提示を求めたが、原告は前記(二)認定の書面以外は一切提示しなかったため、被告は、昭和五八、五九年分の原告の所得額を把握することができなかった(昭和五九年分についても、仕入先別集計表及び損益計算書と題する書面がいかなる書面かは証拠上必ずしも明らかでなく、また、売上帳や伝票類などの資料については一切提示されなかったのであるから、結局、原告の所得額を正確に把握することはできなかった。)のであるから、反面調査に及んだ被告の選択には合理性が認められる。また、斎藤は、昭和六〇年分については、同六一年四月三〇日に調査対象とする旨原告に対して告げたところ、その際にも原告は帳簿類、伝票類の提示を拒否したのであるから、これまでの原告の態度から考えてもその協力を期待できず、やはり被告の選択に合理性がないとはいうことはできない。そして、右反面調査によって原告の私的利益が、質問検査権の公益的利益に比して相当な範囲を越えて侵害された事実も認められない。原告は、調査に協力しなかった理由を種々主張するが、調査理由の告知が質問検査権行使の要件でないことは既に判示したとおりであり、斎藤が、節子に対し調査が終了した旨告げた事実が認められないことは、後記四で認定のとおりであるから、原告の調査に対する不協力を理由とした反面調査の選択の合理性を肯認できる。

二  争点2(推計課税の必要性)について

既に前記一3で認定説示したとおり、原告は税務調査に協力する態度を示さなかったのであり、被告が原告の協力のもとで税務調査を行ない、その所得金額を実額で把握することは困難であったというほかなく、推計課税を行なう必要があったものと解すべきである。原告は、被告が調査理由を具体的に告知しなかったことや、被告主張の調査理由に合理性がないとして、原告の態度には正当な理由があると主張するが、いかなる場合に質問検査権が行使できるのかや、調査理由の告知の必要性については既に判示したとおりであり、右主張は採用できない。そして、原告主張のとおり一定の帳簿類が存在しても、原告の協力がない限り、被告がこれらを基礎に原告の所得を実額で把握することが困難であることには変わりはなく、右判断を左右するものではない。

三  争点3(推計課税の合理性)について

1  売上原価について

(一) 証拠(乙三ないし二四、同二五の一、二、同二六ないし二九、同三〇の一、二、同三一ないし四二、四四、証人木村守孝、原告本人、弁論の全趣旨)によれば、被告が反面調査により把握した仕入取引として、原告は、別表九記載のとおりの仕入れを行なったこと(但し、同表番号四〇を除く。)、なお、昭和六〇年における原告と有限会社八雲水機との取引(金二一万四〇〇〇円)は、外注工事に当たり仕入取引ではないことが認められ、したがって、昭和五八年、同五九年分の仕入額の総額は別表七の「<2>売上原価の額」欄記載の金額であり、同六〇年分の仕入額の総額は、同欄記載の金額から、有限会社八雲水機との取引額を控除した金七五五五万三八〇三円となる。

(二) これに対し、原告は、仕入先の一部について右認定の仕入額と異なる仕入額を主張する。しかしながら、被告の把握した仕入先(但し、有限会社八雲水機を除く。)の一部との間の取引についてみれば、原告提出の証拠(甲四、同一五の一ないし一八四、同二一)は、年額においてすべて右認定の仕入額を上回っており、各月の取引金額においても、おおむね乙三ないし四二に記載された金額と合致し、結局、前記認定の仕入取引を否定するものではない。

他に、前記認定を左右するに足る証拠はない。

(三) 次に、期首・期末の棚卸額について検討するに、既に認定した事実及び弁論の全趣旨によれば、被告は、原告が、本件調査の際に本件各係争年分の年初及び年末の各棚卸額を明らかにする資料を提出しなかったため、本件各係争年分における原告の事業形態に棚卸額に影響を与えるような変化が認められなかったことから、年初及び年末の金額を同額とみなして、前記仕入金額を売上原価として推計の基礎としたものであると認められる。そして原告提出の証拠(甲五ないし七、証人杉谷節子(第二回))によっても、少なくとも昭和五九年から同六〇年のいずれの年度においても期首棚卸商品の金額が期末のそれを上回っており、なお昭和五八年度についても棚卸額の増加があったことは本件証拠上認められない。

(四) よって、本件各係争年分の原告の売上原価が(一)において認定した仕入金額を下回らないものと認めるのが相当である。

2  比準同業者の選定の合理性について

(一) 証拠(乙一の一、二、同二の一ないし三、同四四、証人木村守孝)によれば、

(1) 本件各係争年分の別表四ないし六記載の類似同業者AないしHの売上原価率及び算出所得率の平均値は、右各表の「平均」欄記載のとおりである。

(2) 被告は、比準同業者の選定に当たり、青色申告書による確定申告をしている個人・法人を対象者として、<1>昭和五八年一月一日から同六〇年一二月三一日までの間において、建築材料卸売業(ビニールパイプ及び継手パイプ類などの上下水道管材販売業を係属して営んでいる者で、原告と同様、倉庫を使用しており、右期間の中途に改廃業、休業又は業態を変更していない者、<2>当該事業にかかる売上原価の額が、昭和五八年分については四四四九万六〇〇〇円以上一億七七九八万一〇〇〇円以下、同五九年分については四五五五万五〇〇〇円以上一億八二二一万七〇〇〇円以下、同六〇年分については三七八八万四〇〇〇円以上一億五一五三万五〇〇〇円以下の範囲内であるもの(なお、昭和六〇年分の売上原価の額は、前記1(一)認定のとおり金七五五五万三九〇三円となり、これに後記(4)の基準をあてはめて、売上原価の額の範囲を定めると三七七七万六九〇一円以上一億五一一〇万七六〇七円以下となる。)<3>更正又は決定の各処分を受けた者については、国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間もしくは出訴期間が経過しており、かつ右争訟等が係属していない者、との基準を設定し、広島国税局長から同局管内の各税務署長に対し、平成元年三月一〇日付けの一般通達を発して回答を求める方法により、右の選定基準をすべて満足する者を抽出した結果、別表四ないし六のAないしH(昭和五八、五九年分はすべて法人、同六〇年分は個人二、法人四)を比準同業者として選定したこと、

(3) 右類似同業者AないしHが、前記基準に適合する者のすべてであること、

(4) 前記(2)<2>の金額は、被告の把握した原告の売上原価の額の概ね二倍を上限とし、半分を下限としたものであること、が認められ、右各事実を総合すれば、比準同業者として選定された別表四ないし六記載の類似同業者AないしHは、その事業内容、事業規模、事業形態等の点において原告と類似性を有しており、被告が、比準同業者として右各業者を選定したことには、合理性があるというべきである。

なお、昭和六〇年分については、当裁判所が認定した原告の売上原価の額を前提とすると、前記のとおり比準同業者選定の条件となる売上原価の額は三七七七万六九〇一円以上一億五一一〇万七六〇六円以下となるが、同年分の比準同業者として選定されたA、B、EないしHの売上原価額はいずれも右の範囲内に含まれる。

(二) 原告は、被告が比準同業者の住所氏名等を明らかにせず、そのため反証等も不可能であるから、この方式は原告の所得の実額把握が全く不可能で他に方法がないなど特殊な場合にのみ許されるにすぎないと主張する。しかしながら、被告が比準同業者の氏名住所及びこれらを推認される事実を秘匿することは、守秘義務(所得税法二四三条、国家公務員法一〇〇条)によりやむを得ないことであり、また、比準同業者は、広島国税局長の発した一般通達に対する回答として、基準に合致する者すべてを機械的に抽出する方法により選定されたのであるから、そこに被告の恣意が介在する余地はなく、資料も正確であると推認できるから、被告が比準同業者の住所氏名その他の事実や資料を明らかにしなかったからといって、直ちに原告主張のような特殊な場合以外許されないとか、これに基づく推計の方法が合理性を欠くということはできない。

(三) また、原告は、被告の行なった比準同業者の選択は、原告が出雲市内の市街地から離れた場所に立地し、その売上げが固定的な顧客に対する卸売販売であること、選定された比準同業者のほとんどが山陽側の業者で、山陽と山陰の地域差や大都市と農村との差異を無視していると主張する。確かに、原告主張の諸事情が、売上原価率や、利益率、差益率に影響を及ぼすであろうことも予想できるが、他方、通常程度の営業条件の差は平均値をとることで包摂されると考えられ、平均値に吸収され得ないほどの特殊事情を認めるに足りる証拠のないこと、原告の営む業種は比較的希少な業種であること、そのため、営業形態の細部にわたって厳格な類似性を要求すると、抽出される比準同業者の数が減少し、かえって推計の資料としての正確性を欠くことにもなりかねないこと、被告は、原告主張の営業形態の特殊性を細かく考慮していなかったものの、原告が倉庫を使用し、在庫を抱え自ら配送もする販売業者であることのほか、売上は卸売によるものが多いことを一応考慮して比準同業者を選定したと認められること(証人木村守孝)などを総合すれば、右原告の主張事実を勘案しても、原告と比準同業者との類似性を否定するには至らない。

3  特別経費の額について

(一) 給料賃金について

証拠(乙四五の一ないし三、弁論の全趣旨)によれば、原告は、森脇晴子に対する給料として、昭和五八年分として金一一五万五〇〇〇円、同五九年分として金八六万〇六〇〇円を各支払ったことが認められる。

さらに、原告は、アルバイトの高校生に対し、昭和五八年分として金五万円、同五九年分として金二万九七六〇円を各支払った旨主張し、原告本人はこれに沿う供述をするが、右供述を裏付ける帳簿や領収証等は存在せず、その供述内容がどのような資料に基づくのかを含めて具体性に欠けるものであって、たやすく信用できない。したがって、原告の支払った給料賃金の額は、昭和五八年分金一一五万五〇〇〇円、同五九年分金八六万〇六〇〇円と認めるのが相当である。

(二) 支払利息について

(1) 昭和五八年分について

証拠(甲四一、弁論の全趣旨)によれば、原告が同年中に大社信用組合(出雲支店)に支払った利息の額は、金一三八万四一四六円であると認められる。

(2) 昭和五九年分について

証拠(甲四二、証人杉谷節子(二回)及び弁論の全趣旨)によれば、原告は、同年中に、大社信用組合(出雲支店)に、手形貸付の利息として金一五万一〇三四円、証書貸付の利息として金一七四万七四二八円を支払ったこと、後者の証書貸付は、同年七月三一日、同信用組合から店舗併用住宅建設資金として一八〇〇万円、右当日現在の借入残高と新規の運転資金と併せ一五〇〇万円の計三三〇〇万円を借入れたことが認められ、右店舗併用住宅の事業用部分は、後記(四)認定のとおり四七パーセントであるから、結局借入金のうち事業用部分の割合は約七一パーセントであって、結局、原告が支払った利息のうち事業用部分にかかるものは金一三九万一七〇七円となる。

(3) 昭和六〇年分について

証拠(甲四三、証人杉谷節子(二回)及び弁論の全趣旨)によれば、原告が同年中に大社信用組合(出雲支店)に支払った利息の額は、手形貸付につき金一七万五三九〇円、証書貸付につき金二七五万六二〇六円であると認められ、前記(2)と同様に計算すれば、原告が支払った利息のうち事業用部分にかかるものは金二一三万二二九六円となり、右年度の支払利息は被告主張額(二二一万四四二六円)を上回らない。

(4) これに対し、被告は、大社信用組合に対する反面調査によって把握した金額を基礎として、現実に元本が事業用に使われたか否かにより事業用部分と家事用相当部分を区分すべきであると主張し、昭和五八年分、同五九年分の支払利息として前記認定を下回る額を主張しているが、被告係官が同信用組合に対する反面調査の結果に基づき作成したと認められる乙四六号証の二は、同信用組合の職員が作成したと認められる甲四一ないし四三号証と数字的に一部を除き合致せず、したがって、他に裏付証拠がないことに鑑み、支払利息の内訳や借入金の使途を含む右調査結果につき、必ずしも全面的に信頼を置くことができないので、被告の右主張は採用しない。

(三) 車両除却損について

原告の昭和五九年分車両除却損が、被告主張のとおり金一二万二〇四四円であることは原告も自認している。

(四) 建物減価償却費について

(1) 昭和五八年分について

証拠(甲八、原告本人)によれば、昭和五八年分の建物減価償却費の額は、原告が従前から事業の用に供していた倉庫(以下「本件倉庫」という。)について金一〇万四七四六円と認められる。

被告は、右建物のうち、昭和五三年に取得したものについて、減価償却資産の耐用年数等に関する省令別表第一の建物のうち、「構造又は用途」が金属造のもの(骨格材の肉厚が三ミリメートル以下のものに限る。)の、「細目」が工場(作業場を含む。)用又は倉庫用のもののうちの、その他のものに当たるとして、耐用年数を一八年として計算し、その減価償却費を金九万六四七七円と主張するが、本件全証拠によっても右建物の構造は不明というほかなく、被告主張のような金属造のものとは認められないので、結局、減価償却費は、右のように認めるほかない。

(2) 昭和五九年分について

証拠(甲九、原告本人)によれば、本件倉庫について、減価償却費は金一〇万四七四六円と認められる。

次に、証拠(甲九、同一六の一、二、乙四七、証人杉谷節子(第二回)、原告本人、弁論の全趣旨)によれば、原告は、昭和五九年一〇月に鉄骨造の倉庫兼居宅(以下「本件居宅等」という。)を取得し、その取得額は金一四三〇万円であることが認められる。そこで右建物の、事業用部分の割合を検討すると、前掲各証拠(但し、証人杉谷節子の証言中、後記認定に反する部分を除く。)によれば、右建物を建築した株式会社中筋組の見積等に基づき計算すると、取得額のうち倉庫部分に要した費用の割合は三〇パーセント弱となること、右建物の耐用年数は二六年とするのが相当であること、原告は、右建物の二階居宅部分のうち、居間を商談等に、それに至る玄関ホールや便所もまた事業上の接客用に、物置を商品の保管場所として、ダイニングキッチンは帳簿の整理を行なう場所として、それぞれ事業用に使用していることが認められ、物置は一〇〇パーセント、ダイニングキッチン、玄関ホール、トイレ及び居間は五〇パーセントが事業用である(右居宅部分の間取り等から考えて、居間が全く家事用に使用されていないとは認められない。)と認めるのが相当である。

そこで、右建物の取得額のうち倉庫部分相当額は四二九万円であり、居宅部分のうち事業用と認められる居間、玄関ホール、トイレ、ダイニングキッチンの合計面積の二分の一に物置の面積を加えたもの(二九・四一四七五平方メートル)を、居宅部分全体の面積(一二六平方メートル)で除し、その数値(約〇・二三三)を居宅部分相当額一〇〇一万円に乗じた額は、金二三三万二三三〇円となる。これに、前記倉庫部分相当額を加えた金六六二万二三三〇円を、取得額の金一四三〇万円で除することによって、四七パーセント弱という右建物全体に対する事業用部分の割合が得られる。したがって、金一四三〇万円に〇・九(取得価額に対する残存価額の割合を一割とした。)を乗じ、さらに耐用年数二六年に相当する償却率〇・〇三九を用いて定額法による償却を行ない、償却額金五〇万一九三〇円に一二分の三(一〇月から一二月の三か月分)を乗じた額の四七パーセントである金五万八九七六円をもって右建物の昭和五九年分の減価償却費と認めるのが相当である。

これに対し、原告が減価償却費として主張する額は前記第二の二3(二)の(4)<2>のとおりであるが、甲九については、倉庫部分の取得額金七五〇万円、事務所部分の取得額金一八二万円の根拠が不明であるから、これを基礎として原告主張額は採用しない。

以上によれば、金一〇万四七四六円と金五万八九七六円の合計金一六万三七二二円が、右年分の建物減価償却費となる。

(3) 昭和六〇年分について

証拠(甲一〇、原告本人)及び既に認定した事実によれば、同年分の建物減価償却費は、本件倉庫分金一〇万四七四六円と本件居宅等分金二三万五九〇七円の合計金三四万〇六五三円と認めるのが相当である。

(五) 駐車場賃貸料等について

証拠(甲八の一七〇、一七一、乙四三、弁論の全趣旨)によれば、原告は、昭和五八年一月から同五九年一〇月まで駐車場代として、有限会社石田善一商店に対し月額一万円を支払っていたことが認められ、したがって、その額は、同五八年分一二万円、同五九年分一〇万円である。

原告は、さらに、昭和五九年分として、有限会社石田善一商店に対する駐車場代金二万円、その他駐車料金一万円を主張するが、後者の「その他駐車料」については、その趣旨が不明であり、またこれを認めるに足りる証拠は存在しないし、有限会社石田善一商店に対する前者の支払についても、これを裏付ける帳簿や領収証等の証拠は存在せず、右主張に沿う原告の供述は不明確でたやすく信用できず、しかも乙四三によれば、審査請求の段階で原告が国税不服審判所に提出した資料(本件訴訟においては、その一部が提出されたものと思われる。)も駐車場代が前記認定の額にとどまることを示すものと思われること等に照らせば、前記認定額をもって、駐車場賃借料と認めるのが相当である。

四  争点4(信義則違反)について

被告係官が、昭和六一年二月七日(原告は二月九日と主張するが、直接の対話者である斎藤と節子が会ったのは、二月七日のことと認められ(証人斎藤秀春、弁論の全趣旨)、同日の事実を主張するものと認める。)、原告に対し、昭和五九年までの申告は正しかったと告げ、税務調査を終える旨述べたとの事実は、これを認めるに足る証拠がない。この点に関し、証人杉谷節子(第一回)は、斎藤が、昭和六〇年度までの申告は、調査の結果間違っていなかったので、昭和六一年度の申告もよろしくと述べた旨証言し、原告本人も同旨の供述をしている。しかしながら、証人斎藤秀春は右発言を否定しており、また、証拠(乙三ないし八、一一、一三、一四、一六、一八ないし二〇、二二、二三、同二五の一ないし三、同二七ないし二九、同三〇の一、同三一ないし三六、三八、四〇、四一、証人斎藤秀春、同杉谷節子(第一回)、原告本人)によれば、斎藤は、昭和六一年二月七日以降も原告方を訪れ、税務調査への協力を頼む一方、被告は原告の取引先に対する反面調査を続行していること、その間、被告は、原告の協力を得られなかったため、原告の収入や一般経費を実額で把握することができなかったことが認められ、斎藤が原告の申告の正確性を判断できる状態にあったとは思われないこと、一方、右時点で反面調査により被告が把握していた原告の仕入金額の総額を基礎に、同業者率により原告の算出所得額を算出すれば(但し、被告が本件訴訟において主張する数値による試算である。)、昭和五八年分につき金八〇五万八八一一円、同五九年分につき金七四七万九六五四円となり、特別経費の控除を考慮しても原告の申告額との間に大差があり、現実にも被告が後に前記のとおり更正処分をしていることなどに照らし、斎藤が原告主張のような発言をしたとは考えられない上、証人杉谷節子の証言では、斎藤はいまだ申告のない昭和六〇年分の申告額についても間違いがないと言ったこととなり疑問である。

その他原告主張の事実を認めるに足る証拠はなく、よって原告の右主張は理由がない。

五  争点5(原告の実額の主張)について

1  原告主張の売上額について

(一) 証拠(甲二、三、一四、一七ないし二〇、二二、乙四三、証人斎藤秀春、同錦織不二夫、同杉谷節子(一、二回)、原告本人、弁論の全趣旨)によれば、

(1) 原告は、その売上げに関する事項を記載した資料として、本件各係争年分毎に、損益計算書と題する書面(甲一ではない。)、売上先別月別売上帳、売上帳を作成しており、かつこれらの基礎となる資料として売上伝票を現在も所持していること、

(2) 右売上伝票は、納品書、請求書、原票の三枚複写が一組であり、原告は、顧客に商品を販売する際、品物とともに一枚目の納品書を手渡し、毎月二〇日の締め日が経過した後に二枚目の請求書を顧客に発送し、最後の原票を手元に控えとして残していること、

また、原告は、右伝票の用紙(一冊五〇枚綴り)を一度に一冊しか使用せず、先頭から番号順に使用していたこと、

(3) 売上先別月別売上帳は、集金明細として用い、各月分をまとめて売上先、売上額、請求額、値引き等の額を記載したものであり、売上帳は、帳簿として、売上先毎に分類して伝票番号、日付、売上金額を記載したものであって、これらは、いずれも二〇日の締め日が過ぎれば、直ちに前記伝票に基づいて作成されるものであること、

(4) 損益計算書は、当該年度の確定申告を行なうまでの時期に毎年分を作成していたこと、

(5) 原告の本件各係争年分の確定申告は、出雲民主商工会の職員に計算等の手助けを受けて、節子が申告書を作成したものであり、損益計算書と題する書面がその計算の基礎となったこと、

が認められる。

ところで、原告において、被告が推計の方法により原告の所得額を認定したことに対し、所得実額を証明することによって推計による所得額に対する反証を行なおうとするのであれば、収入については、主張する収入金額が総収入額が総収入額であること、すなわち売上については、単にその存在だけを証明するのではなく、主張する売上金額が全ての取引先からのすべての取引についての売上金額であることを証明しなければならない。

この観点から検討するに、原告は、昭和五八年分及び同五九年分の売上額の証拠として、売上先別月別売上帳(甲二、三)並びにその期首・期末修正(原告の売上げが毎月二〇日締めで、あることから、ある年の資料は、前年の一二月二一日から当該年度の一二月二〇日までの売上げを記載していることになるので、前年の一二月二一日から同月三一日までの売上げを控除し、かつ、翌年の資料から当該年度の一二月二一日から同月三一日までの売上げを計上しなければならない。)のための同五八年分及び五九年分にかかる期首一か月分の売上原票(甲一七、一八)及び同六〇年分の売上原票(甲二〇)を提出し、また同六〇年分の売上額の証拠として、売上帳(甲一四)及び売上原票(甲二〇)並びに期首・期末修正のための同六一年売上原票(甲二二)をそれぞれ提出している。しかし、いずれの年をとっても提出している資料は右認定の資料の一部であり、また、損益計算書と題する書面は提出されていない。

さらに、右各資料の信頼性について検討すると、争いのない事実及び前掲各証拠によれば、

(1) 原告の本件各係争年における確定申告の状況は別表一ないし三のとおりであり、右申告の基礎は前記損益計算書と題する書面であるところ、右申告内容及び審査請求の際の原告の主張と、本件訴訟における原告の主張や昭和五八年、同五九年分売上先別月別売上帳及び同六〇年売上帳の記載内容は、いずれも異なっている。また原告は、確定申告の基礎とした損益計算書と題する書面を提出していないが、原告の右のごとき主張の変遷に照らし、右書面の記載内容と売上先別月別売上帳及び売上帳の記載内容とは異なるものと推認できること、

(2) 昭和六〇年分売上帳に記載のある取引先は、五三件(名称の記載のないものも加えて五四件)で、原告の取引先の実際の数に比べて非常に少なく、取引金額も金六九一五万〇四三〇円で被告主張額よりはるかに少額であり、しかも、甲二〇によれば原告との取引が頻繁に認められる業者(例えば、馬庭左官)に関しても、右売上帳に記載が全くなかったり、記載のある業者の伝票番号についても、甲二〇として提出された伝票と対比すると、年末の伝票を中心に(年末の伝票以外にも脱漏は認められる。)右売上帳の記載に脱漏が目につくこと、

が認められる。

また、原告本人は、昭和五八年分及び同五九年分の売上帳と売上先別月別売上帳が合致した旨供述するが、同人は、甲一の損益計算書の昭和六〇年分の記載について、右記載と合致しない同年分売上帳をもとに作成した旨不可解な供述をするなど、必ずしも右各資料の記載内容を把握しているとは思えず、前記昭和六〇年分売上帳の記載状況から推しても、たやすく信用できない。

以上によれば、原告の本件各係争年分の売上については資料が複数存在し、それらの内容が必ずしも一致しているとはいい難く、結局、これらの基礎となる伝票類を検討することなしには原告の売上額を正確に認定することはできないというべきである。

(二) 昭和五八年分及び同五九年分の売上について

右各年について原告が提出した証拠は前記のとおりであり、原告は、期首及び期末調整に必要なものを除いて、売上帳や右各証拠の基礎となる伝票類を提出しないのであるから、右甲号各証をもって原告の主張する売上額を原告の総収入額と認定することは困難であり、その他本件全証拠をもってしても、これを認めることはできない。

(三) 昭和六〇年分の売上について

原告は、昭和六〇年分の売上額の証拠として、昭和六〇年分のすべての売上原票として甲二〇号証を、また期末調整を行なうため同六一年期首の売上原票をそれぞれ提出している。

そこで、検討するに、証拠(証人杉谷節子(第二回)、弁論の全趣旨)によれば、伝票は一枚七、八円することから慎重に記入しており、書き損じもほとんどないこと、伝票用紙を売上伝票以外の用途に使用することはなかったこと、伝票が、売上原票として原告の手元に残らない場合としては、前記の書き損じの場合と、顧客からの返品等のため当該伝票が没になる場合とがあるが、両方あわせても、せいぜい月三枚から五枚の伝票が売上原票として残らない程度であったことが認められる。

そして、既に認定したとおり、原告は右伝票用紙を一冊づつ先頭から番号順に使用するというのであるから、本訴で原告が証拠として提出した右売上原票を通覧すると、昭和六〇年分にかかるものは、昭和五九年一二月二三日付け売上原票(伝票番号D〇〇七六七二(甲二〇の第四分冊の一三二)に続く同六〇年一月五日付け売上原票(伝票番号D〇〇七六七三(甲二〇の第一分冊の四八九)から、伝票番号E〇〇四七二七の売上原票(これに続く伝票番号E〇〇四七二八(甲二二の二二二)の伝票は昭和六一年度分の最初で、同年一月四日付けである。)までと認められ、その間には七〇五五枚の伝票が存在し得ることになるところ、提出されているこの区間の売上げ原票は、提出されているこの区間の売上伝票は、甲二〇、二二号証を通じて六九一一枚であって、その間の欠番は一四四枚の多数となる。そして、既に認定したとおり、伝票が次番になる可能性としては、書き損じるか、返品の場合であるが、前記の認定のとおり、その数は多くて月五枚程度であり、しかも、提出された甲二〇号証の中にも書き損じた伝票を訂正して使用しているものも多数含まれており、このように訂正して使用することもできないほどの書き損じが数多くあるとは考えられず、結局、右のような欠番の多さを合理的に説明できる理由は見当たらない。そのうえ、既に判示のとおり、売上帳(甲一四)には不正確な点が非常に多く、売上原票と照合して相互に正確性を確認できる帳簿等も存在せず、原告が保管しているという書き損じ(証人杉谷節子(第二回)の伝票類の提出もないため、甲二〇、二二号証の売上原票が原告のすべての売上を網羅したものであるとして、売上額が原告主張額にとどまることを認定することは困難であり、その他本件全証拠をもってしても、これを認めることはできない。

2  本件のように、課税庁が、収入金額及び一般経費をともに推計により算出して所得計算をしている場合において、推計課税に対して納税者が実額を主張することによって更正処分等の取消を求める場合には、納税者は実額による所得金額、すなわち売上額及び必要経費の額のすべてを実額で証明する必要があると解されるところ、前記1で判断したとおり、本件において、売上額を実額で把握できない以上、その余の必要経費に関する事項については判断するまでもない。

3  以上のとおり、原告の本件各係争年分の売上額を実額で把握することはできないのであるから、推計による算出所得額を否定する反証は不奏効に終わったといわざるを得ない。

六  結論

以上のとおり、被告が推計の方法で行なった原告の本件各係争年分の所得についての課税は、その必要性及び合理性が認められる。そして、右方法に基づいて、原告の本件各係争年分の所得額を算出すると、昭和五八年分・金一三〇三万二六七九円、同五九年分・金一二〇八万五二四一円、同六〇年分・金九四二万〇七三四円となる(その算出経過は、別表七の昭和五八年分、同五九年分につき、「<7>支払利子割引料」と「<9>建物の減価償却費」の各金額を、同六〇年分につき、「<2>売上原価の額」、「<9>建物の減価償却費」の各年額を、それぞれ前記認定のとおり変更し、同六〇年分の「<1>売上金額」を金九三三五万六九七八円と、「<5>算出所得の金額」を一二四二万五八一三円とするほかは、同表<1>ないし<11>のとおりである。)。

よって、右金額の範囲内でなされた本件各更正処分は適法なものであり(たとえ、原告主張のとおり、さらに売上原価の額が増大しても、右の結論は左右されないことは明らかである。)、原告の本件各係争年分の確定申告は、所得金額及び納付すべき税額について過少申告をしたことになるから、これに対して右金額の範囲内でなされた過少申告加算税の各賦課決定もまた適法である。

よって、本件各処分の取消を求める原告の請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官 田中澄夫 裁判官 宮本由美子 裁判官 檜皮髙弘)

別表一

課税処分等経過表(昭和五八年分)

<省略>

別表二

課税処分等経過表(昭和五九年分)

<省略>

別表三

課税処分等経過表(昭和六〇年分)

<省略>

別表四

類似同業者(事業所得)の所得率表(昭和五八年分)

<省略>

別表五 類似同業者(事業所得)の所得率表(昭和五九年分)

<省略>

別表六 類似同業者(事業所得)の所得率表(昭和六〇年分)

<省略>

別表七

原告の事業所得の金額の算出経過表

<省略>

別表八

<省略>

別表九

仕入金額の明細

<省略>

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